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6月に入った。

 

世の中が少しずつ日常を取り戻そうとしている。

その動きが音として聞こえてきそうなほど、街の動きは大きなものだった。

 

しばらく自分自身は最低限の外出に抑えようと思ってはいるものの、今週は少しだけここ2ヶ月にできなかった特別なことをした。

 

ひっそりとごちそうを外でいただいた。

そこは今は営業をテイクアウトのみにしているお店だけれど、たこさん(こう呼ぼう)がこれまでに何度かお店にいっていて、特別に店内でお料理を提供していただける運びとなった。

 

都会の喧騒から少しだけ離れて、個人営業のお店が並んでいるような通り。

入り口脇には大きな窓があって、開放したその窓の目の前の席をご用意していただいた。

みどり色のの可愛い窓。

 

独特な空気が流れる店内には店主・ゆうこさんと私たちだけ。それからカウンターにずら〜っと並ぶ夥しい量のお料理たち。

これまでに自分が存在したことのない雰囲気がある場所だった。

 

そこのお料理が絶品だということはたこさんと仲良くなりたての頃から耳にしていて

コロナが明けたら、一緒に食べにいきたいんだとずっと話してくれていた。

 

私たちはそもそも好きな食べ物の話や料理の話で盛り上がったことがきっかけで仲良くなった。

そのうちの一つ、中東や地中海周辺の独特なスパイスの使い方をしているお料理がとても好きだということ。

私は、ブライトンで初めて美味しいトルコ料理を食べた時、その美味しさに打ちのめされるような感覚を味わった。そして実家のある県の川と山の中にポツンと立っている中東・アラビア圏料理のレストランに出会ってから、さらにそういった味に惚れ込んだ。

そもそもお肉を食べない選択を基本的にしている私にとって、ハラールのお料理は食べやすいものに出会える確率がとても高い。ひよこ豆をふんだんに使った料理は味わいも楽しみやすいし、非常に満足感がある。

そんなこともあってここ1、2年はフムスやファラフェルが楽しめるところであれば必ず注文をしてしまうくらい。

 

私の場合は日本やイギリスでしか楽しめるそういった料理を味わったことしかないけれど、

たこさんの場合はもっと本格的。お仕事で中東に住んでいた時期があったから、生活の中にそういうお料理が存在していた。

 

そういうわけで、私はその自分の実家よりのレストランにたこさんを連れていきたいと思っているし、たこさんが連れて行ってくれたお店はそういったお料理を楽しめるからという理由で選んでくれた場所だった。

 

さあここからが本題。今回はたこさんの話をどうのこうのしたいわけでは全くなくて。(ごめん笑)、

その「ゆうこさんのお店」の話をしたい。

 

まず、中東・地中海料理の話をつらつらと書いているけれど、そもそもゆうこさんのお料理の専門は南フランスのお料理。

このかた、経歴が本当に面白い方で。

 

東京大学を卒業して、広告系?のお仕事をされて、そこから料理の世界へと転身。

フランスで修行をし(しかも無給料でだそうだ)、ご自分のお店を都内で開業。今はもう36年目。その間、時々お店をひと月ほど閉めて、味の修行にいろいろな国に飛んでいくそうだ。

時々そうやってお店を締める期間はあるものの35年間、ずーっと場所も変えず、お店を動かし続けている。

物件のお家賃だって絶対安くない立地にあるお店だから、平然と働いているように見せて、

相当な売り上げ、そして同時に苦労もあるはずだ。

 

たこさんに聞いたところによると、お料理には紙に記載された「何が何グラム」だとかいうレシピが全然ないらしい。だから手を動かすのをやめれば忘れてしまう、だから毎日毎日作り続けるのだ、と。

 

この状況だからということもあり、店内は私たち3人だけ。運よくたくさんゆうこさんの口から沢山の素敵な言葉をいただいた。

(というかおしゃべりが本当に好きな方なんだと思う・・・。一度口がひらくとずーっと楽しい言葉が止まることなく出続けてくる。)

 

これまでの滞在先でのお話やお料理の仕方のお話、聞いているだけで多分自分の目がキラキラしてしまっているんじゃないかと思うくらいときめいてしまうお話ばかり。

同じ女性として、こんなにも何にも恐れず行動力があること、その勇ましさやたくましさ、自分もできるなら培いたいものだ。

 

そして人に対する敬意をしっかりと持っている方だなといろいろな話を聞いていて感じた。

 

コロナの期間中、普段テイクアウトをしないような高級店が用意をしている、普段なら考えられない価格のお弁当を堪能されていた時のお話。あまりにも美しく、美味しかったんだ〜と。

美味しい料理をお店で作っている方がこんなにもピュアなお顔をされて他のお店を「美味しい」と語るだなんて。

そしてあまりの美味しさで、食べた後にそちらの板前さんに長文のメッセージを送ってしまったんだ〜と楽しそうにお話をされる姿。

その一文を見せてもらった時に、私も少し鳥肌がだった。

お弁当のふたを開いて中身を見た時、

「最高の絵画の目の前に立って、動けなくなるような感覚」を味わったそうだ。

 

食べ物を前にして、私は未だ抱いたことのない感情だ。

でも、最高の絵を目の前に動けなくなる感覚。そちらはわかる。(感覚は未熟であれど)

 

私自身はこれから先もそのような料理やお菓子作りを目指すことはきっとないけれど、

でも繊細な日本料理のお店でこの世の状況のためにテイクアウトのお弁当を作っている板前さんはこんな言葉をいただいたら、誇りに思わずにはいられないだろう。

それくらい、見ただけでも人を感動させるお料理。作れることが格好いいなあ。

そして、それをこんなにも分かりやすい言葉で以て賛美しているゆうこさんもまた、格好いい。

 

そして、これまで渡った国々でのお話を伺っている時に聞いた話

「食の前では皆が平等」「これが日本の素晴らしいところ」

今まで全然意識をしたことがなかったけれど、日本って確かにそう。

 

他の国は、形式上取り払われたかつての階級や法律できっといまだに、同じ場所で食を共にできない人々もいるし、同じ空間でも同じものを目上の人の前では食べられない、だとか。深く根付いてしまった文化によって、食の前の平等が実現されていない。

 

対して日本は、どんな人でも基本的には同じ空間で同じものを食べられる。

 

うんうん、確かに。

 

だから逆にゆうこさんは、絶対にお客様の差別をしないんだって。

(某国の大使の方がすごく偉そうに予約やお料理のことで注文をつけてきたらしかったけど、特別な対応はせず、他のお客様と同じようにしたなんていうエピソードも聞かせてもらった)

 

お客様の差別・・・。飲食の職場で働いている自分はこんなこと考えたことがなかったけれど、はっとした。私、もしかして、差別をしてしまっている。

お店で立つ仕事をしている時には昔から、お客様の名前もお顔も食べ物の好みもカスタムする方はその内容も。とにかく覚えられることはとことん覚えるようにしている。

それは他の人には簡単にできることではないから、この先もやっていきたいと思っているし、自分の長所だと自負もしている。

 

だけれど、挨拶の仕方などをこれまで、常連様と初めての方とで変えていて、もしかすると、初めてくるかたや数回いらっしゃったのみの方から見ると、常連様に対して極端な特別扱いをしているように彼らには見えてしまうような、そんな態度をとっていることもあったのかもしれない。

 

もちろん何度も足を運んでくださる方には丁寧にその感謝の気持ちを伝えたい。

 

でもそれだけじゃなくって、どのお客様にもきちんと「今日」その時に来てくれたことをていねいに感謝したいと思った。

 

初めての方も、来店数回目の方も、常連の方も、

丁寧に、平等に。

その日その時足を運んでくれるという意味では全く同じ大切なお客様だから。

 

お店でのお仕事から2ヶ月ほど離れてしまった今だからこそ

お話を伺って、気づけて、心を入れ替えられて、本当によかった。

 

 

どんな話も本当に胸をワクワクさせてくれたり、

ここには書かなかったけれど、とにかくお料理が美味しくて美味しくて美味しくて。

自分の食に対する愛がたった2時間で深まった最高の時間を過ごすことができた。

 

魔法のようなひと。

魔法のような場所。

魔法のようなあじ

魔法のようなお話。

とにかくあそこにいた時間全てが魔法だった。

 

久しぶりの外食ということもあったかもしれないけれど、

貴重なお話を伺いながら食事を楽しめたことは、一生忘れられないような経験になった気がする。

 

お店やお料理がどう愛されるかは、その人の行動次第。

 

お店に伺ったのは約1週間前になってしまったけれど、あの日の夜の感情が蘇って

明日からの久々のお店の影響へのモチベーションが高まった。

 

お客様との新しい接し方を開拓しながらの仕事になっていくと思うけれど、

こんな時だからこそのできる限りのことをいっぱいいっぱい考えよう。

 

お店の中に自分たちと店主だけ。

そんな今しか味わえない状況で学ばせてもらったこと、ずっと頭に入れ続けていくんだ。

 

来週の今頃は「ああやっぱりお客様と関わることができる仕事についていてよかった」という日記が書けていますように。

 

 

 

 

今週は大好きなお友達に久しぶりに会ったり

お仕事でも自分のお菓子を沢山作らせてもらったり

朝一番でおいしいおにぎりを食べに行ったり

楽しい楽しい毎日だった。

 

この後は楽しく1週間のご飯をしこもうっと!